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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)636号 判決 1983年12月13日

控訴人 東販オート保証株式会社

右代表者代表取締役 野崎宰助

右訴訟代理人弁護士 泉弘之

蓑輪正美

被控訴人 伏見富雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  横浜地方裁判所小田原支部昭和五六年(モ)第五九六号強制執行停止決定は、これを取り消す。

五  この判決は、前項に限り仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、右当事者間に争いのない本件公正証書の記載内容である被控訴人の本件連帯保証契約について、被控訴人は、登喜江と訴外会社間の自動車の売買契約が登喜江名儀を用いた儀明と長島との通謀虚偽表示による無効なものであり、売買代金債務は発生せず、したがつて控訴人の右代金の立替払も無効であるから、本件連帯保証契約に係る登喜江の控訴人に対する求償債務も発生せず、さらに被控訴人の本件連帯保証契約締結の意思表示に、要素の錯誤があるから右契約は無効であると主張するので、この点について判断する。

1  成立について争いのない≪証拠≫によると控訴人と登喜江及び被控訴人との間において、昭和五五年一〇月二二日、登喜江が訴外会社から買受けた自動車一台(クラウン・ハードトツプ、五〇年式、車台番号MS九〇―〇〇七二七五号)の代金一一〇万四〇七〇円中頭金一一万四〇七〇円を除いた残代金九九万円を控訴人が登喜江に代つて訴外会社に立替払し、登喜江は、右立替払金に割賦手数料三七万一二五〇円を加えた一三六万一二五〇円を、同年一二月から二四回にわたり、毎月七日、初回は五万七一五〇円、第二回以降はそれぞれ五万六七〇〇円ずつ、控訴人に分割して支払うこと、被控訴人は登喜江の右債務について連帯供証をする旨の契約書(東販オート・ローン契約書)が作成されていることが認められる(なお、弁論の全趣旨によれば、当事者間に争いのない本件公正証書の記載内容(一)の別途三者間の「東販オート・ローン契約」とは、この契約書による契約を指すものと解される。)。しかしながら、≪証拠≫を総合すると、右契約書作成の前後の経緯に関し次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  昭和五五年一〇月ころ、儀明は、土木関係の仕事上一〇〇万円位の資金を必要とし、その調達に奔走していたところ、たまたま取引先の訴外会社代表者の長島から自動車を買受けた名目で控訴人からその買受代金の立替払を受けてその資金を作るよう教えられた。

(二)  そこで、儀明は、真実は自動車を買受けるものでないのに、当時出入りし親しくしていた寿司店経営の被控訴人に対し、自動車を買受けたいが自分の名義では契約をすることができないので妻登喜江名義でこれを買受けるからその代金の支払に関し連帯保証をしてほしい旨申し入れたところ、被控訴人は、寿司店の客として親しくしていた儀明の言を信じこれを承諾し、控訴人が右の代金を立替払して、それによる求償債務を保証する旨の明記されている東販オート・ローン契約書(乙第一号証の一、甲第三号証)の連帯保証人欄に自己の印章を押捺して儀明にこれを交付した(本件連帯保証契約を締結したことは、その効力は別として被控訴人の自認するところである。)。

(三)  儀明は、右契約書の連帯保証人欄に被控訴人の氏名、住所、勤務先その他の所要事項を記入し、債務者欄に登喜江の印章を押捺して長島にこれを交付し、長島が登喜江の住所、氏名等所要事項を記入するとともに、自動車の表示欄、販売条件欄を補充して控訴人に提出し、訴外会社と登喜江間に有効な売買契約が締結されたものと信じた控訴人から立替払として九九万円を受領したが、これを儀明に交付することなく、以前儀明に販売した自動車三台分の未払代金の弁済に充当した。なお、前記契約書に記載された自動車一台が儀明又は登喜江に引渡された事実はない。

2  右の認定事実によれば、控訴人は、訴外会社と登喜江名義の儀明間の自動車の売買契約が仮装であることについてはこれを知らずにこれを有効と信じて、その代金債務を立替払したものであるから、善意の第三者というべきであつて(弁論の全趣旨によれば、控訴人は、善意の第三者であることを主張しているものと解される。)、儀明は、民法第九四条第二項の規定により当然、善意の第三者である控訴人に対して右登喜江名義の儀明と訴外会社間の自動車の売買が仮装で無効であることを主張することはできず、右売買に基づく代金債務を控訴人が立替払をしたことに基づく儀明の求償債務の存在をも否定することはできないものというべきであるが、被控訴人もまた、同項の規定により、善意の第三者である控訴人に対する関係では、当事者と同じく右売買契約の無効を主張することができず、したがつて、その売買の代金について控訴人が儀明の委託を受けて立替払したことによる儀明の控訴人に対する求償債務の存在も否定することができない結果、本件連帯保証契約に係る主債務たる右の求償債務の不発生を理由とする本件連帯保証契約の無効も主張することができないものといわざるを得ない。被控訴人は、右の売買契約の無効を知らずに本件連帯保証契約をしたのは要素の錯誤により無効であると主張するが、右のように被控訴人は控訴人に対する関係において、右の売買契約の無効を主張し得ない以上、その無効を前提とする右の主張もまた許されないものと解すべきである。

三  ところで、本件公正証書の被控訴人に関する部分は、本件連帯保証契約に基づく控訴人の被控訴人に対する債権について控訴人が債務名義を取得する目的で作成されたものと解されるが、前記認定のとおり、被控訴人は、登喜江名義による儀明の自動車の買受の代金を控訴人が立替払することによる儀明に対する求償債務について連帯保証をしたものであるところ、本件公正証書においては、被控訴人は、登喜江の控訴人に対する求償債務について連帯保証した旨記載されている。しかしながら、これは、控訴人に対する関係において右儀明の自動車の買受がすべて登喜江名義による買受となつていたことから、被控訴人に関して、その保証に係る主債務を特定させるための表示として、本件公正証書上も、登喜江名義による自動車の購入代金を控訴人が立替払したことによる登喜江に対する求償債務を保証したものと記載したに過ぎないものと解され、本件の事実関係の下においては、本件公正証書における右のような主債務の特定方法による被控訴人の連帯保証債務の記載も、本件連帯保証契約に基づく被控訴人の控訴人に対する債務と同一性を欠くものではないと解するのが相当である。他方、前記認定の事実によれば、控訴人は、その主観的、事実上の意思としては、登喜江の自動車購入代金を立替払し、それによる登喜江の求償債務について被控訴人に連帯保証させたものと認められるのであるが、前記のように、結局、控訴人としては、法律上儀明に対する求償債権を取得し、したがつて、被控訴人にその求償債権について連帯保証をさせたことになるものと解されるところ、前記認定の本件連帯保証契約締結の経緯に照らすと、控訴人としては、登喜江自身が売買契約の当事者でなければその代金債務の立替払をせず、また登喜江自身が主債務者となるのでなければ被控訴人と本件連帯保証契約を締結する意思をもたなかつたものではなく、控訴人の真意を探求すれば、登喜江を名乗つて自動車の売買契約を締結した者の代金債務を立替払し、その者に対し求償債権を取得し、その求償債権について被控訴人に対し連帯保証をさせる意思であつたものと解されるから、控訴人の立替払による求償関係と本件連帯保証契約の関係を前記のように解しても控訴人の意思が被控訴人の意思とそごをきたすことになるものではないというべきである。したがつて、少なくとも、本件公正証書の被控訴人に関する部分は儀明の求償債務を保証するものとして有効であると解するのが相当である。

四  したがつて、本件連帯保証契約には被控訴人主張のような無効原因はなく有効というべきであり、右契約に基づく本件公正証書の被控訴人の連帯保証も有効というべきであつて、本件公正証書の執行力の排除を求める被控訴人の請求は理由がないから、これを棄却すべきものである。

そうすると、これと趣旨を異にする原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 越山安久 村上敬一)

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